人は何の為に生き、死んでいくのだろう。

暗闇に身体を放り投げ、堕ちていく意識に耳を傾けた。


「遠回りでも無駄でも、それがあなたの生きた証」


空から降る言葉は、まるで星のように。

生まれては消え、その一瞬の輝きを何よりも強く、放った。


あなたと、わたし。

何億年も廻るこの地球で出逢えた事は、奇跡かも知れない。

言うなればそれは偶然で、でもそれは運命でもあった。

矛盾と嘘と裏切りに満ちたこの世界で、それはたった一つ変わらない、

変える事の出来ない真実。


あなたがいて、わたしがいた。

ただそれだけで、わたしは幸せだから。

このちっぽけなわたしの存在意義は、あなただけの為に。


儚い生を、尊い死を。

あなただけの為に、捧げます。




















   




















「………」





身体が、動かない

此処は 何処?

あの人は 何処?





「―――――――――――」

「っ…!?!!」

「せん…せ…?」





微かに開いた目の先に見えたのは、

必死な顔をしてわたしの名前を呼ぶ、先生の顔

わたしは何処かの病室にいるみたいで…


次第に明るくなっていく視界を、

出来る限り広げようとした。


白い壁、白い天井、白いカーテン


そこはまるで、すべての色を失くしたような世界で。

…先生が身に纏った黒いコートだけが、

唯一この世界の中で鮮やかに揺れていた。





「先生…?わた、し…」

「無理に喋らなくていい。…おまえは、事故に遭ったんだ。

 俺が手術した―――――大丈夫、心配しなくていい。

 全部、全部元通りにしてやったからな…?」





目の前で、優しく微笑んでみせる先生

わたしの、大好きな人。

…それでも、その瞳に微かな陰があったのをわたしは見逃さない。

――――――――嘘、嘘。

…あなたは、やさしい嘘をついた。





「あ…りがと…」

「大丈夫…おまえさんは、治る」





やさしい嘘を前に、わたしは信じる“振り”をした

まだ上手く動かない表情で、笑った

…ほんとはちゃんと、わかってるから。

でも、大事なあなたを悲しませたくはないの。

平気な振りをしていたいの。


今だけでも

微笑んで、触れて、動かして。

すぐにでも燃え尽きる命を、あなたに捧げて。


…でもきっと、あなたもわかってる。

わたしの下手なお芝居なんか、すぐにわかるでしょう?

それでも、ずっと気付かない振りをしていて欲しいの。

お互いに、やさしい嘘に溺れたままでいさせて。










行かないでって、言って欲しい。

離さないと、言って欲しい。

恥も外聞も殴り捨てて、膝をついて、助けてと叫びたかった

…悲しみが愛より深いのは、誰?

遠くで吹く風に身を任せ、泣いてしまいたかった

でも、大丈夫だよ

あなたはすぐに、私の事を…忘れ、られるから










が事故に遭ってから、二週間。

救急車で運ばれた病院で手術をして、それから数日後に

その病院の医師の反対を押し切って彼女を自宅に運んだ。

ブラック・ジャックは、それからずっとピノコと交代での隣にいた。

昏々と眠り続ける彼女の手を握り、名前を呼んだ。


…酷い、事故だった。


突っ込んできたトラックに一緒に歩いていた友達と共に撥ねられ、その友達は即死。

は一命を取り留めており病院へ運ばれたものの、意識不明の重態で。

身体中の骨と内臓をトラックに踏み潰され、生きている事自体が奇跡だった。

その後知らせを受けすぐに駆けつけたブラック・ジャックが手術を執刀。

彼の天才的な技術で彼女の傷は全て整復されたが、脳への障害と体力の消耗だけはどうにも出来ず…

彼女は、ひたすら生死の境を彷徨う日々を送っていた。


そしてようやく目を醒ました今日。

が目を醒ました事自体が、まず奇跡だった。

彼女が運ばれた病院でブラックの手術を見届けた山田野医師ですら、

が目を醒まさぬままこの世を去るのではないか…そう思っていた。





…気分はどうだい?ここは家だ…わかるか?」

「…」

「そう、か…」





ブラック・ジャックの問いに、無言で微笑む

ほとんど喋るような体力さえ残っていない彼女は、そうする事で意思を示した。

穏やかな午後の日差しと、ゆったりと流れる時間。

二人を取り巻く環境は、それはとても穏やかなものに見える。

だけどそれが一時的なものでしかない事も、二人はわかっていた。


…終りが、すぐにやってくる事を。





「せ…せ」

「ん?」

「ここに、いて…」










永遠だと、言って欲しい。

愛してると、言って欲しい。

きっと枯れてゆく、私の夢を、私自身を

その腕に、抱いていて欲しい

どうして壊れてしまうのだろう?

こんなに愛しているのに

もう身体は、動かない 歩けない 抱きしめられない

でも大丈夫だよ、今はこんなに悲しいけど 

すぐに身体も心も朽ち果てて 悲しみさえも、忘れられるから

…忘れられるのかなぁ?















大切な人の命が消えかかるのを何も出来ずにただ見ているのは、二度目だった。

一度目は、子供の時。

自分の無力さを、俺は呪った。

そして大人になった今。

俺はまた、何も出来ずに目の前の現実に直面している。

静かに消えていく命を、ただ手を握って励ましているだけ。


…俺は何の為に医者になった?

あの時のような思いは、もう二度とごめんだった筈だ!


医者なんて、人間なんて所詮無力なんだ。

どんなに努力しても、経験しても。

…俺は、肝心な時に何も出来やしないじゃないか。


いや、彼女の手術には最善を尽くした。

少なくとも身体中の全ての損傷は、全て元通りにした。

…なのに、どうして!!


君の鼓動は弱まっていく?

体温は下がっていく?


…わかってる。

彼女の体力が持たなかった事くらい。

だんだんと時計の電池がなくなって行くように…

君は、君の命が止まるのを、待つしかないのだ。





「…大丈夫だ、俺は…俺はどこにも、行かないから」

「よか…た…」





力なく微笑むに、俺は、泣いてしまいそうだった。

その瞳の奥に、何かが揺らぐのを見つけた。

…君はもう、自分の運命を悟ってしまったんだ。















「怪我が治ったら、どこへ行こうか?の好きなところに、どこにでも連れて行ってやるよ」

「ほんと…?嬉しい…」

「ああ…言ってみろよ、

「じゃ…あ……せんせ、の生まれたとこに…行ってみたい」





少し考えるようにして、がそう言った。

怪我が治ったら、なんて聞こえはいいけれど、その日は永遠に来ない事を二人は知っていた。

それでも尚、二人は語り合う。

いつかという名の、夢物語を。





「ああ、良いよ」

「ここから、とおい…?」

「そうだな…少し遠いな。だけど、大丈夫。俺が一緒だから」

「…ん…ちゃんとあるけるかな?見てまわれるかな…?」

「歩けるさ」





不安そうな口調のを、額に手を置いて優しく宥めるブラック・ジャック。

彼がそう言うのを聞いて安心したのか、は嬉しそうに笑って、よかった、と呟いた。

それからしばらく、二人は怪我が治ったら何がしたい、どこに行きたい、と言葉を交わしていた。

そのほとんどは、のこれからの進路に関する事だった。





「…でもね、わたし…やっぱり、お嫁さんになりたかったなぁ…」





そしては、何かを思い出したかのようにぽつりと一言、そう呟いた。





「先生…わたしを、お嫁さんにしてくれる?先生の、お嫁さんに…」

「当たり前だろう、?お前さんに頼まれなくても、最初からそのつもりだ」

「ほんと…?ほんとにほんと…?」

「ああ、嘘なんてつくわけがない」

「うれ…し…」





の青白い頬に、涙がひとすじ、零れ落ちた。

目が覚めてから、初めてが流した涙。

その涙をブラック・ジャックは優しく指で拭うと、その手での手を取りちゅ、と口付けた。





「幸せにする、絶対に」

「ありがとう…先生…」





拭っても拭っても止まることの知らない涙は、の顔を濡らしていく。

力を込めることもままならない手にも、少しだが力が込められ、ブラック・ジャックの手を握り返した。





愛しい、すべてがここにあって。

ずっとずっと彼女が欲しかったものが、今すべて手に入って。

こんなに幸せなことは、なかった。

…だけど、もう。





「…だけど…だめだね…わたし、こんな風に、なっちゃったから…」

…?」

「もうわたし、だめなんだ…もう、先生と一緒には、生きられないんだ…」

!!」





手に入りそうだった夢は、もうすぐそこだったのに。

叶うはずだったの未来予想図は…無残に、破られてしまったから。





「…ありがとう、先生…愛してくれて…」

「な…何を言ってるんだ……?」

「本当に…本当に…嬉しかった、幸せだったよ、わたし…」

「馬鹿、生きるんだっ!過去の事みたいに、もう終わってしまうみたいに言うな…!」





「愛してるよ、先生…最後に…キス、して…?」





そう言って微笑うは、何よりも美しかった。




















遠ざかっていく意識と、まだこの手に残るあなたの感触

ずっとずっと、離さないで欲しかった

愛してるって、聞いていたかった

でも、サヨウナラ

こんなに早く、離れてしまうなんて 思いもしなくて

もっともっとたくさん、伝えたいことはあったのに


お願いだから、忘れてね?

わたしのこと


わたしもきっと、忘れるから

…できるかな?


愛された記憶を持ったまま逝くなんて、わたしには…辛すぎるから


だけど時々でいいから、思い出して欲しい

わがままだね

だけど やっぱり

あなたの記憶の一部として、わたしがいた証を

生かしておいて、欲しいから


叶わなかった夢も、身体も、全部

空に還して、星と散らして


ありがとう、先生

身体は冷たくなっていくのに、胸の奥は温かいよ


ありがとう、先生

私の愛した人




















fin.

inspired by Cocco"風化風葬"


ご め ん な さ い orz
死ネタ大好きMia(死)
風化風葬はCoccoの歌の中で、一番と言っても良いくらい好きです。
かなり前から書いてて、ようやく完成したとです。
久々更新が死ネタでごめんなさいでしたー…。

05.08.31 Mia